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金属片やむなし

君の影を踏みに。

Pasta! Pasta! Pasta!

週末の午後、小洒落たカフェでアロマの薫るコーヒーを飲みながらこれを書いている(荻窪ベローチェを小洒落ていると仮定した場合)。目に入るのは日曜日に身の置きどころがなさそうな老人ばかり。

(日本国内において)パスタを食べるときにスプーンを使う人を見ると眉をひそめる人がいるのを見るとおれは眉をひそめるのだ。
曰く「本場イタリアではスプーンを使うのは子供だけ、いい大人がみっともない」……全力で知らんがな。
スプーンの併用は合理的であると思う。前回サラダをフォークで食べることの不条理について書いたが、パスタにおいてもそれは同様である。そもそも西洋のカトラリーは両手を使うことが前提で作られている。ナイフだけでステーキを切り分ける人はいない。お前がパスタを右手で巻き取るとき、左手は何をしているのか。パスタをひと巻きするたびに「Buono!」とホッペをクリクリしなきゃいけないルールか。それなら仕方ない。
「スプーンなんて使わなくても皿の端を使えばいいでしょ」? ……「できる」と「する」は違う。これはユーザーインターフェイスの問題なのだ。
4インチのスマートフォンは片手でホールドし、そのまま親指1本で操作する。10インチのタブレットは片手でホールドし、空いたもう一方の手で操作する。大きさが変わるだけでもインターフェイスは変わるのである。そこでスプーン使うな派の人たちに問いたい、

いったいパスタが何メートルになったらスプーンを許容してくれるんです?

積極的にフィンガーボウルの水を飲んでいきたい。