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金属片やむなし

君の影を踏みに。

天気も良いのでひとつここは隣りの駅まで歩いてやろう、と街道に出たところ寒風にびょう、と吹かれ骨まで腐らすかのような寒さ、これはかなわん、アーケードと建物で囲まれた商店街を歩くのとは訳がちがう、ひたすら寒い、ただでさえこのごろはずいぶんと寒さに弱くなっているのに、ああもう、文明とは偉大だ、建物と暖房を生み出した人間ばんざい、というかウサギでさえ穴を掘って暖を取る、じゃあおれも穴を掘ればいいじゃない、パンがないなら穴を掘るのよ、と目の前に広がるアスファルトで舗装された地面、これでは掘れぬ、アスファルトで地面を覆い尽くす人間文明の罪深さとかもうどうでもいいので早く暖かい部屋に入りたい、地球は寒すぎるのだ、ああ早く暖かい部屋の中に戻りたい、

……そうか、これが胎内回帰願望というものか、と思い至ったところで理性が金切り声をあげる。なにが胎内回帰願望だ。さすがに寒すぎやしないか。だからさっきから寒いと言っているではないか。おれはおれの寒さで死ぬことができるのである。

マダガスカルテッポウナメクジというナメクジは、特定の地衣類を偏食することで神経毒となる物質を体内に蓄積していく。ほかに身を守る術を持たない彼らは、毒を取り込むことで捕食されるリスクを軽減するのだ。
生まれたばかりのマダガスカルテッポウナメクジは毒を十分に蓄えていないため、カエルなどの天敵に狙われやすい。そこで彼らは他の(無毒の)ナメクジの卵塊を見つけると、その中心に卵を産み付ける。ある程度捕食されることを前提としたリスクヘッジである。
そして十分に毒を蓄え、成長したマダガスカルテッポウナメクジはどうなるか。己の毒に耐えきれなくなり死ぬのである。

おれもまたマダガスカルテッポウナメクジのように己の寒さに耐えきれず死ぬのだ。立ったまま凍えて死ぬのである。ときおり街なかで人間のカタチをしたモニュメントを見かけるだろう、彼らもまた己の寒さに死んだ人間である。たまに街なかでモニュメントと見紛うばかりの動きが遅い老人を見かけるが、あれも凍りかけだ。人は誰しもいつしかは凍る。それが人間のさだめなのだ。

ちなみにマダガスカルテッポウナメクジなんていないからな。ググっても無駄だぞ。