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金属片やむなし

君の影を踏みに。

うっかり更新

なかなか読んでもらえない時代になったのだなぁ、と。

昔、個人サイトをやっていた。若い方には「個人サイト」と言われてもピンとこないだろう。しばらく前で言うところの「オウンドメディア」の個人版だ。おれが企画を立てて記事を書いて、おれが絵を描いて写真を撮ってデザインして、一から十までおれが作ってた、というか作らざるを得なかった。WEBって発表する場所だけがあって、「何をやってもいいですよ」とだけ言われるみたいな。

わりと色々やっていたほうだとおもう。「人力サーチエンジン」と称して<送られてきたキーワードを元にイチからサイトを作る>ということをしていて、20個くらいは作ったんじゃないか。そのうちのいくつかはちゃんと更新を重ねた。当時の芸風はサイコギャグが主体で、ハカセとその助手が読者から寄せられた質問に答えるのだけど実はハカセも助手も同一人物で多重人格のうちのひとり、みたいなまあブラックなやつ。もうキャッシュも残ってないから探しても無駄だぞ。特定禁止! きんしー!

それなりに見てくださる方もいて、それなりに反響もあった。今なら信じられないが、読者からメールをいただくことも少なくなかった。見ず知らずの他人にメールってどういう神経してるんだ。
あのころのネットは、今のように黙っていても情報が流れ込んできて粛々とそれを消費していくスタイルではなかった。人が集まるプラットフォームがなく、誰もがおもしろいものを探して放浪していた。ネットに「中心」はなく、全てが辺境であった。Youtubeまとめサイトもなろうも存在しておらず、立つべきステージは自分で作るしかなかった。だから作ったのか、というとそうでもなくて、何かしらおもしろいことをやりたくてやっていたら人が集まってきてステージというかみかん箱くらいにはなったかな、という感じだ。

翻って2016年のインターネット。ネット人口は爆発的に増え、もう「誰が書いたのか」というのはどうでもよくなった。毎日どこかの誰かがおもしろいことやバカなことをやっていて、炎上したりバズったりしてる。テレビすら素人がスマホで撮影した面白動画のまとめを垂れ流している。もう前のめりでおもしろいものを探す必要はないのだ。勝手に向こうからやってくる。我々は「それなw」と草を生やすだけでいい。それだけで毎日は過ぎていく。

なんだか文章が変な方向になってきた。別に今の風潮を嘆くつもりはないのだ。ただ昔に比べて「見つけられる可能性」は減ったな、と。ネット人口は増えた。そのぶん情報も増えた。このブログのPVなんて昔のサイトに比べて数百分の1だぞ!

まあいい。今のネットだって身の置き場はあるのだ。やりたいことを、やれることをやるだけである。

……などと偉そうなことを書いているが更新頻度は低い。今日だって祝日なのに間違えて出社してしまい、持て余した時間でこれを書いているくらいだ。つまりこれはおれのうっかりを切欠に生まれたうっかりエントリーである。えっへん。